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生と向き合う 乳がんで逝った母に教えてもらいたいこと

2011年10月07日
世界仰天ニュースというテレビ番組で
乳がんで亡くなられた方について放映されていたことや、
アップルのカリスマ経営者、スティーブ・ジョブズ氏の逝去について
ブロガーさんたちの記事から様々な想いが響いてきた。
世界的に名を知られた革新的な業績を残した人と
市井のひとりの女性。

そのどの死も(今までの他の方のことも)
死ぬには若すぎることや
たぶん、私自身がガン患者であることから
より強く感じ取ってしまうのかもしれない。
それぞれの立場で、どう向かい合ってきたのか。

そして、若くして逝った母のこと。

小学校高学年くらいの頃?
ある日、母の位牌を手に取りじっくりと眺めたときに
命日が、自分の誕生日の前日であることを知った。
yannchanが小学校に上がるまでは・・・と望んでいたと
いつか聞いたことがあるけれど、
5歳の私を見ることも出来なかったのだった。

生母は看護師で、S大学病院で外科の婦長(現在の師長)を
していたのだそう。
外科だと自分がオペに立ち会う側だったのかな?

私は、母の記憶がまったくなく顔も声も知らない。
その年頃の他の記憶はあるのに。

すでに母が去ってからの生活の中で
ある日、自宅に注射器があることに気づく。
まだ、子供だったので
病院ではなく自宅(一般家庭)に
本物の(!)注射器が何故あるのか
とても不思議だったけれど、今にして思うと
母は自分でモルヒネを打っていたのかもしれない。

また、別のときに
食器棚の奥に洋風の水差しを見つけた。
ふだんはまったく使用していないもの。
「ママがお薬を飲むときのお水の準備
パパは『yannchanにやらせるんだ』と言って
貴女がそれで運んでいたのよ」と
後年、親族から聞かされた。

3歳の私、偉かったね。

父は、母との交流というか想い出を、
少しでも多くと考えたのかもしれないけれど
残念ながら、その記憶もない。

実は、記憶がないので、ほとんど「母が恋しい」的な
気持ちになることはなかった。
どういう人だったのかな?という興味―
というと語弊があるけれど―はあるのだけれど。
私が幼稚園の年中の夏に亡くなり
小学校入学前には父が再婚したので
あまり、生母のことを話してもらう機会がなかった。

ただ、毎年、お盆には必ず庭で「迎え火」をしていて
これは、貴女の母のためだ―ということを
継母からも言われたことがある。

いつか、いろいろなことを聞けるときがくるだろう
…と思っていた父もすでにいない。
母が「余命」という段階になったとき
「もう命がない」と伯母(父の姉)の前で
男泣きに泣いたことがあるという。

父と二人だけの生活のときの記憶で
一緒に眠りながら、痛いほど抱きしめられた想い出がある。
その時、私は「痛い」と自覚していたのだけど
なぜか、父に痛いということを告げてはいけないような気がして
言わなかった。父が何かに耐えているようなことを
感じていたのかもしれない。

同じ乳がんを発症してから
母はどう立ち向かい、どう生きたのだろうということを
とても知りたい。

放射線治療中、叔母の一人と話したときに
「そうそうママも毎日通っていたわよ。
 貴女を預かっていたの。」と言われ
当時も25日間だったのかな・・・とか。

術後すぐに見舞にきてくれた別の叔母が
「痛みがあっても辛そうな顔は見せず頑張っているわね。
貴女のママもそうだった。」と教えてくれた。

1歳の頃肺炎を起こし救急車で運ばれた私。
その時、母親が看護婦でなければ、
この子は助からなかったかもしれないと言われたらしい。
応急の手当てが良かったのかな?

母のことを、もっと知りたい。

母の葬儀のとき、私は泣いていなかったのだそう。
人がたくさん集まって賑やかに感じていたみたいよ。
「ママは神様になった」と貴女は言っていた、と。


(注)母が受けたのは昭和40年代の治療です。
 今から20年前くらいの時点でも
「現在の治療なら治ったのに」と言われています。


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家系樹 ファミリーツリー | コメント(30) | トラックバック(0)
コメント
No title
お母様を思う気持ち、よくわかります。そして母になった今、お母様の気持ちも理解出来ます。幼いyannchanさんを残して行くのは、さぞ無念だったと思います。

私も癌になって、母がどんな気持ちだったかに思いを馳せます。母の生き方にも励まされます。そうして私達も学んで行くんだろうな~。

未来の人たちの為に、私達がいいエビデンスとなって行きましょう!頑張ろうねd(^_^o)
No title
おはようございます。

お母様を思う気持ち私もよくわかります。
私は父親を大腸がんで亡くしてます。
自分ががんになってどんな気持ちでもし今元気でいたらって思うと寂しくなります。

母親は元気でいますが、どんな気持ちでいるのかって、たぶん聞いても心の中とは違うことをいうんだろうな?って思います。

なんかまとまってなくてごめんなさい。

これからも顔晴っていきましょうね。
おはようございます。私は母とあまり良い関係ではなかったけれどお母様に対する気持ち…わかるような気がします。そして子供をもった現在はその時のお母様の気持ち、どんなに無念だったか痛いほどわかります。自分の病気がわかって初めて母の気持ちもわかる気がして癌ではないけれど2年の闘病の末私の父、夫をを亡くしたばかりの母に病気の事は告げられないまま母も逝ってしまいました。またまとまりなく長くなってしまいごめんなさい。医学全体もそうですが個々の病院もこの数年でできなかった治療が出来るようになったりと進化しています。これからも一緒に良いエビデンスを作っていきましょう。
No title
5歳の誕生日の前の日か・・・
なかなか覚えていないよね。
そんなに小さい時にお別れしたのね。
しかも、乳がんだったんだ。
すごく気になるよね、どんなだったのか。
どういう風に過ごしていたのか。
私も気になるわ。
たぶん、yannさんみたいに自分で調べて研究してがんばっていたんだろうな、と思います。
今となっては聞くことは出来ないけど、なんかそんな気がします。
とりとめないけど、お父さんが抱きしめた気持ちがなんとなくわかるような気がするわ…
一緒に治していこうね。

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
そうだたんですか。看護師さんであれば告知とともにどういう治療がまってるかさっとわかりすぎるほどでしたでしょうね、怖かったでしょうね。
yannchanさんをのこしていくこと、さぞかし残念であったでしょうし、だからこそ産んでおいてよかったとも思っていた、と勝手ながらおもいます。
それにしてもお父さん、2年もしないうちに再婚ですか・・考えさせられます。
Re: No title
>うめちゅうさん

ロンドンはそろそろティータイム?
コメントありがとうございます。
病気と向かい合い、良く生きた人たちのことを
ちょっとだけ心の片隅に残しながら
未来を生きていきましょう!
昨日は今日の昔!
Re: No title
>ごめちゃん

こんばんは!の時間です。
コメントありがとうございます。

今だからこそ、会いたい、話したいっていう気持ちありますよね。

お母様のために、ごめちゃん自身のために
歩いていきましょう!
Re: タイトルなし
>みんくさん

懐かしい人たちと、今だから話をしてみたい~という気持ち
ふっと沸いてきますよね。かなわぬことだけど。
だから、いま、今生で縁のある人たちとの時間は大切に
過ごしたい・・・と思いつつも
まあ、アレコレあるのも、また人間、煩悩?

この間、保険の記事書きながら計算(概算)してみたら
結局、20年、30年かけてもらった給付金、
月々の保険料で返していくんじゃん!って
治療成績抜群な自分発見(笑)学会のレポも変わってくことでしょう!
Re: No title
>ユメちゃん

コメントありがとう。
幼稚園の入園式のことや、
その前のことも覚えているのだけど何故か。

母もB子ちゃんで、結構、調子が良かったらしい。
ミスユニバースかなにかのタイトルを持つ女優さんと
自分が似てると言い張っていたとか(笑)
ま、両親とも私に似ないで?目鼻立ちがくっきりで長身だった。
(私の残念なご様子は隔世遺伝で両家のお祖母ちゃんソックリ!
それぞれの祖父は男前だったのに→面食いもお祖母ちゃん譲り?)

今だったら、私が父を抱きしめてあげるのに。

まずは、ユメちゃん見習ってBMI管理します。


Re: No title
>HR

うん、そうだったの。
Re: タイトルなし
>きよらさん

そうね、どんな気持ちだったのでしょう。
でも、私たちと変わりなく、ぷーぷー言ったり(?)
前向きに治療と向き合ったり、いろいろだったんじゃないかな。

父の再婚は、私が色々なことを理解する前に
「家庭」というものを作りたかったのかな?とか
国内で地方の現場での仕事もあったりした時に
親戚や隣家の幼馴染の家に私を預けたり
子供のいない伯母から養女にという話も出たり
モスクワ(当時)への長期出張も決まったりしていたので
少し、早かったのかもしれません。

異母弟(おとうと)がいてくれて、良かったと思っています。
彼も苦労をしたけれど…
No title
素敵なお母さまだったんですね。
そして、3歳、5歳のyanさん、
とっても偉かったですね。
お父さまのお気持ち、どんなだったんでしょう。
戦っていたのでしょうね。。
今なら治る病気、そうですね。
いつも研究熱心で優しいなyanさん、
お母さん譲りなのかなーと勝手に思ってしまいました。
Re: No title
>boo-koroさん

おはよう~!
うん、たぶん素敵だったでしょう!
今、子育てしながら治療を続けている皆さんの言葉(ブログ)から
母の気持ちが分かるような気がします。

研究熱心ではないのよ~
今まで、ホント、健康に無頓着で不規則な生活だったから
これが「生活習慣病」と言われるものなら
多少、生活習慣(食生活など)改めてみようかな~と。

ご実家で少しゆっくりしてね。
そうだったんですね
人に歴史あり、ですね。
そのようなことは、何かの機会がないとなかなか人に話したりしませんよね。
でもここでお話いただいてありがとうと言いたくなりました。

そしてお母さまも同じ病でしかも看護師をされていたとのこと、すごく深いつながりを感じてしまいました。
私も特に信仰心はないんですけど、きっと上からお母さまがyannさんを守ってくれてるように思います。
私も3年前に父をがんで亡くしてるんですけどね、今はその分自分が取り戻そうという思いでいます。
血は繋がっているから
yannさんの考え、行動、
迷ったときの判断など、
お母様に導かれているのかも…。
スピリチュアルな事はあまり信じないけど、
目には見えなくても、
きっとどこかでいつも見守ってくれてるよね。
No title
私も父を9年前に胃がんで亡くしました。
また父方の親戚はほとんでガンが原因でなくなっています。しかしお母様も同じ病気だなんてご自身の深い想いの中でいらっしゃるんですね。
きっとお母様が見守ってくださることと思います。
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: そうだったんですね
>mykさん

もう、だいぶ昔、若くして逝ってしまった
一人の女性のストーリー、一瞬でも誰かの目に触れて
そんな人生もあったのだな~と。多くのストーリーのひとつ。
34歳で終わる命もあったのだなーと
自分がその年になったとき思ったり・・・

mykさんは、お父様ががんだったのですね。
今は私たち派手な治療が、いったん終わったばかり
まだまだだけど、落ち着いた日々が戻ってきたときに
がんから、なにも奪われるものはなかったのだ―
と思えるようになりたいね。


Re: 血は繋がっているから
>池のうさぎさん

主治医とたくさんお話する機会があったみたいで
良かったね~&浦山氏←しつこく一発変換

そうね、父も二十歳のときに亡くなったので
自分の人生において親が不在の時間の方が
圧倒的に長くなってしまったけれど
いちばん大事な時には守ってくれる、と信じています。
Re: No title
>カルミーさん

放治お疲れさまです。3連休、ひと休み、ですね。

カルミーさんは、お父様をがんで亡くされているのですね。
九年前というと、やはり、まだまだお若かったでしょう。
ある命は若く終わり、ある命は平均寿命を全うする・・・
ふっと考えてしまいますよね。

私たちは、より良い道を歩いて行きましょうね。
Re: お久しぶりです。
>non

また、お互い調子の良い時に!

No title
yannさんのお母様も乳がんだったのですか。。。
小さい頃に亡くなられて大変でしたね><
お母様は小さいyannさんを残してさぞかし無念だったと思います。

ずっと天国で見守ってくれてますね☆

yannさん、みんなで長生きしましょう!!
こんばんは
読ませていただきました。
ただただ涙です。
両方の立場を経験していらしたのですね。

私も娘のことを重ねると、たまりません。
きっとyannさんのために精一杯闘病されたんでしょう。
記憶は少なくとも、しぐさや雰囲気、性格などyannさんに残っているはずです。
親子ですもん。

今度は娘が病気に勝つ番ですよ。
こうなったらリベンジですわ。
その姿、きっと見てるはず。
一緒にがんばりますよー。

貴重なお話ありがとうございました。
Re: こんばんは
>もこもこさん

読んでくださってありがとう。
このように生きた人がいるってこと、ちらりと知ってもらえて
短かった母の人生にも、ささやかな光が当たることでしょう。

もこもこさんも、ご自身のこと、お嬢さんのことと
本当に激動の一年だったでしょう?
なのに、ばつぐんに明るいオーラを放っていて
もこもこさん素敵です。

皆で新たなエビデンスを作って行きましょう!
Re: No title
>ともみさん

あまり寂しかった、悲しい想いをした、
という記憶がないのは、
周囲がそのようにしてくれていたのかな~なんて想います。

今は母の時代より(40年以上も前ですし!)
進んだ治療も受けられるし
皆で乗り越えて行きましょうね。






3歳の頃のyannchanは・・・
何もかも分かっていたんじゃないかなぁって思います。
子どもの心や頭って柔軟ですからねぇ。

私は、スピリチュアルなことを子どもの頃から信じていたけれど、
実際に母が亡くなった時は、分かっちゃいるけど無理だよぉ~
と思っちゃいました。
ま、分からせられましたがね…(笑)
なので、yannchanのお母様も必ず見守っていますよ。

そう…yannchanのお母様も乳がんだったのですね。
今年亡くなった私の母も乳がん(死因は別です)で、身体状況と
サブタイプ(トリプルネガティブ)から無治療にせざるを得なくて、
随分と不安な気持ちを抱えていて、フォローしてました。
でも、やっぱり母は強し。
容態が悪化するギリギリまで、私のことを気に掛けていました。
親ってそういうものなのかもしれません。

そうだとすると、私たちが前向きに生きていることが喜びだと思うので、
色々あっても未来へ羽ばたいていきたいですね。
Re: 3歳の頃のyannchanは・・・
>FB☆AYAさん

コメントありがとうございます。
記憶にないだけで、いろいろ分かっていたかもしれませんね。
物心ついたころ、なんとなく「大人の事情」は分かっていて
もし、自分が「可哀想な子」となってしまうとしたら
「パパが可哀想」という気分はあった。

FB☆AYAさんも、病気と向き合いつつ
お母様を亡くされるという辛い経験をされましたね。
  
宇宙の発祥を思うと(大きく出た!)
もう、物質(魂も含め)の存在自体が
神がかり的ですから(笑)
だって、誰がこの「スペース」を用意したの?
最初のビッグバンのための「物質」とか。

宇宙の瞬きの時間を、生き抜きましょう!
No title
来月のオフ会には参加できないけれど…
必ず、どこかで、お会いしたい♪
名札も見たいですし(笑)
Re: No title
>ゆふこさん

こんばんは~。ほぼリアルタイム?
なんか、今日、ずっと寝倒していたら今頃元気になってきて(笑)
コメントありがとうございます。
是非、どこかでお会いしましょう。
頼まれなくても見せたいですし?!

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