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倉庫の片隅で

2014年11月16日
倉庫を改造して作った(小)劇場。
画像をアップしたら、ん?イタリアンレストランですか?と聞かれて
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いえ、倉庫です。
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倉庫!
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一度、2階のロビーへ上がり
(レトロな感じの内装)
141115_1211~01
中階段でまた1階におりる。100席あるかないかの小さな劇空間。


観たのはこちら。
タイヨウ表 タイヨウ裏

ストーリー緑に囲まれた公園の小さなベンチ。
最愛の妻と息子を事故で亡くし、絶望の果てに死のうとする1人の男。
しかし、まだその時ではないと死神に追い返された彼の隣には
破れた服の不器用な少年。
男は、少年に亡き息子の影を重ね、次第に心開いていく。
*********************************

死をもっての家族との別離。
物語は死神の『それぞれ“終わる時”は決まっているから、どう生きようと、
終わり方は多少変わっても“終わる時”、それ自体は変わらない。』
というような言葉から始まる。

死神といっても奇をてらった造詣ではなく
普通に人間の姿をしている。黒のスーツに黒のロングコート。

自分の運転する車に同乗していた妻子を事故で失った男。
子供は小学校4~5年生くらい?の設定。
妻子との日常をクロスさせながら、男の今の孤独と悲哀を描いていく。
でも、そう暗いばかりの演出でもない。

公園でひとりの少年と出会う。なくなった息子と同じ年頃。
少年は2年前に父親を亡くし、母親と二人暮らし。
男は、少年のそのような家族構成を当初は知らない。
なにかとまとわりついてくる少年を最初は煩く思っていたけれど
だんだんと交流は深まっていく。

でも、その少年も突然いなくなってしまうのだった。
息子を亡くした母親と妻子を亡くした男が取り残される。

多くの観客が鼻を啜り涙していた。

1回目の観劇では私は泣けなかった。

情緒的なドラマという風には観れなかった。

家族と死をもって別れざるを得なかったブロ友さんたち。
私の母も。あるいは小児がんの
(それ以外の病気で事故で)旅立った幼い子供たち。
死がいつか訪れるであろうぼんやりしたものーではなく
リアルに身近に感じられる立場としては
ものすごく観念的に死をー誰かの命は短く、誰かの命は長いー
ということを考えてしまったのでした。

夜の部は、いち観客として、役者さんたちの演技を堪能。
(子役が上手い!レミ出演経験のある子もいたり)
ひとつのお芝居としての物語に感情移入したり。

でも、ふっと、主宰者(演者でもある)は
なぜ、こういうテーマを取り上げたのかなと思った。
(自主公演に近いものなので)
なぜ、第2の少年の命をも奪っていったのか。
死神は理由はいわない。淡々と自分に課せられた仕事をするだけ。

ファンタジーと言ってしまえばそれまでなのだけど
私にとっては今出会うお芝居だったのかな~と。
まあ、そうやって、いちいち意味づけしてしまうのは、サバイバーの悪いクセ?

残された者にとっては再生への物語?



すごーく久しぶりに降りた日暮里の駅。
というかこちら側はたぶん生まれて初めて歩いたかも。
谷中に行く道は何度か歩いたけど。


とっても安い(!)生地屋さんが立ち並んでいる。
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