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継母と対面

2014年09月26日
異母弟から電話があったのが22日月曜日。
弟の言うことは聞きそうにもない・・・
とうことは私の言うことなんてもっと聞かないわけで。

翌日、彼が思いついたのが、伯母(継母にとっての姉)が
入所していた施設のスタッフの方への相談。
継母はこの方のことは気に入っていて、
言うことに耳を傾けるのではないかと。

たぶん、当時は認知症の伯母を看る側だった継母は
いろいろ相談にも乗ってもらっていたのだろう。

水曜日には、その方と連絡がつき、金曜(すなわち本日)
午前中に継母の家に来てくれることになった。
午後の、休憩中に弟にメールをしてみると
その施設の方といろいろと話をして
継母は通院することを受け入れ、近所のかかりつけ医にいき
物忘れ外来で通常行われるような、文字や語彙?数字のテスト?
のようなことをしたとのこと。
やはり「曜日」と「数字」の理解が覚束ないようだった。

10月、11月と検査の予約も取り
最終的な判断は全部の検査が終わってからになり
そこで介護認定の申請をするそう。

さすが、認知症の患者を看る施設のプロ!
機嫌を損ねず通院する方向へもっていってくれたのだな~。
月曜日には、弟に、どこも悪くないんだから病院へなんか行かないと
言っていた人を!

夜、弟と駅で待ち合わせる。
継母のところへ向かう道中(といっても10分も歩くか歩かないか)の話では
自分のことを叔父(継母の弟)と間違えていたとか
同じ話を繰り返すとか言っていたので、私のことなど、もしかして
もっと分からないかな?と思っていたら
ドアを開けて私の顔を見るなり、あら、久しぶりじゃない、どうしたの?
と全然誰だか分かっていた。

私の腕を見てどうしたのか聞くので
乳がんの手術の後遺症と伝え、リンパがうまく流れないのでー
という内容を説明したあと、しばらくすると再度同じ質問をされたー
というあたり、おかしな部分もあったけど、意外とほぼ会話は成立していた。

二度目に、乳がんの手術の影響ーここをこう切ってリンパも取っているから
という話をしたときに、「あなたも、(あなたの)お母さんと同じようになったのね。」
と、何かを含めてということでなく、先妻は乳がんで死んだのだーということを
ふと思い出したかのように、告げられた。

この継母には想うところはたくさんあり、(お互い?)生きているうちに
言ってやりたい!!ことがあったのだけれど
さすがに、痴呆の入り口にいる80歳になろうかと(なったのか?)いう
小柄な老人を目の前にすると、もう、それは言っても仕方のないことなのだ
まだ、正常な理解力を持っているのであれば、それを言うだけの意味は
あったのかもしれないけど(私にとって)
急に、そういった想いは萎えていくのは自分でも分かった。

弟のことを考えると、この継母の機嫌を保ち
通院することを了承したことを褒め
病気ではないけど、年相応に弱ってはいくのだから
今後は、サービスを受けて暮らすことも考えていこう
というような話を押し付けがましくならないように注意しながら話した。

今日のその話を記憶できるかどうか不明だけど。

正直、継母に対しては身内的な、なんの感情もないのだけど
彼女が心身共に老いていく過程が、
弟にとってなるべく負担にならないようにーということだけが願い。

私と弟が一緒に訪ねたことで、継母は明らかに少し
はしゃいでいるように見えた。
もう、訪ねてくる人もそう多くはないのだろう。

これからは刺激?を与えるために弟とたまには訪問した方が良いかな?
とも想った。あるいは彼女を観察するために。



通院先の病院でも認知症患者の診察は行っており
ケモ中に、話を聞けないかと聞いてみたがそれは無理で
ケモ終了後に、担当カウンセラーのところへ行くようにと言われた。

初診から検査、具体的な治療までの流れをレクチャーしてもらう。
すでに、多くの方からいただいたアドバイス同様
認知症は服薬で進行を抑えることが可能であること
それぞれの患者によるけど、平均的な通院回数やだいたいの治療費の目安。
介護認定までのフローチャートや、認知症患者への接し方
彼らの自尊心を損なわない対応などが記載された冊子を貰った。

まったく、この一週間、いや五日間。
月曜から金曜の間。めまぐるしい展開だったわ~!

アドバイス下さった皆さん、本当にありがとうございました。
まずは第一関門突破(通院させるってこと)
いや、実際、その日にちゃんと病院へ行くかどうかは、まだ謎、かも。

弟も都度、休暇を取り大変だー。
何もできぬ姉ですまぬ。

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継母の認知症 | コメント(8) | トラックバック(0)
コメント
NoTitle
またきました、、(^^;)
継母さん病院いくこと受け入れてくれてよかったですね〜
曜日、義母もカレンダーが読めなくなってました。
曜日毎に分かれてる薬入れも役に立たず、妹が渡していたし。
まだ電話はかけられたので(スマホでない)、会社にいる妹のスマホにストーカー並みに、それ以上?に電話をかけていて義妹が気の毒になりました。
夫が私の病気のこと1度話したけど、その時はびっくりしたものの完全に忘れてるしもう記憶するということが無理です。
施設に入ってからは一層足がおぼつかなくなり、転ばないか心配です。
ほんとケアマネさんていてくれるだけでも支えだと思います〜
長くなりました。。
Re: NoTitle
>ぽろんさん

またまた来てくれてありがとう。
日付曜日が分からない、電話をがんがんかける-
まったく同じ症状ですね。

高齢者介護や認知症のこと。多くの問題やニュースでも
取り上げられていたけど、実際、自分の家族の身にふりかかってくると
切実感が違いますよねー

私の顔を見た第一声は「あなた生きてたの?」でした・・・
言いたいことはね
こんばんは。
何時も拝見しています

私の母も18歳の時に癌で失い
継母は82歳、まだ大丈夫ですが
いずれは私が介護することになるでしょう
今は義母の介護で練習しています

認知症は優秀なケアマネさんが担当してくれると
随分患者さんの落ち着きがちがいますよ

私も義母の介護は現在進行形で
次は何を忘れるか・・・。
良かった
施設の方をよほど信頼したのですね!!
さすがです。
色々な思いはあると察しますが、彼女の老いを見つめる事で
何か思いが変化していきそうですね。
久しぶりです
こちらではご無沙汰してます。
私の母も同じような状態です。
まだ初期だから普通に生活することは出来てるけど、最近はほとんど家から出なくなってしまいました。
薬も病院から出してもらったんだけど、合わなかったのか顔の皮膚に出来ものが幾つも出来ちゃって、切ってもらうハメになってしまい、今はまた薬飲みたくないと言い張ってます。
一度思い込むとその考えに執着してしまうのも認知症の症状なのかもしれません。
その時にもらった塗り薬は何度もなくしてしまい、その度に父が病院へ再処方してもらいに走ったり。
どうでもいいことは右から左に忘れるんだけどねぇ〜
もともと頑固な人なので先が思いやられます。
父は私の帰省中はすごく元気になったと言ってます。
普段と違う刺激になってるのかなぁなんて思ったり。
そんな事もあって、これからは一年に2回位帰省する予定です。
弟さんは話を聞いてもらえるYannさんがいてきっと心強いはずです。
まずは病院に行く気になってくれて良かったね。
Re: 言いたいことはね
>じゅん8008さん

こんばんは~
いつも何かのときにはコメありがとうございます。

人生いろいろありますね~。ありすぎ。
ま、これが今を生きているということなのかしれません。

じゅん8008さんもご自身を大切に
お過ごし下さいね。

Re: 良かった
>以下のコメントを下さった方へ

> 施設の方をよほど信頼したのですね!!
> さすがです。
> 色々な思いはあると察しますが、彼女の老いを見つめる事で
> 何か思いが変化していきそうですね。


ありがとうございます。
弟が意外としっかりしていて機転がきいて良かったです。
Re: 久しぶりです
>ミライさんへ

ばんわ~(日本ローカルタイム!)
ミライさんのお母様も似たような状況なのですね。
今日、勤務先の同僚とも話したけど
認知症の方には、伝え方、指示の出し方も注意が必要なようですね。

こちらが思ってもいない捕らえ方をしてしまったりと。


まあなんとか、徘徊とかは避けたいところですよね~

やはり継母も、私が帰った後もハイテンションで
リンパ浮腫で弾性包帯ぐるぐる巻きの腕のことをずっと言っていたとか。



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