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担当医とのコミュニケーション 1

2011年02月06日
初診のA病院では、検査の都度、その日の勤務医に
自動的に振り分けられていたようで、
通院のたび違う医師だった。
治療方針の記事に書いたように「告知日」に初めて
執刀医をどうするか?という話になり
医師の方から、ご友人が当院で手術を受けられたとのことで
その医師にしますか?という提案があった。

その段階でB病院への転院希望を切り出し、
紹介状を依頼した。

B病院には、メディアの取材を受けるような有名な医師もおり、
検索すると名前が出るような医師を指名したかったけれど、
そうすると、予約が1カ月以上先になってしまう。
まだ、いくつか受けなければいけない検査があったので、
紹介状作成段階では、医師の指名はせず、病院宛のみとしてもらった。
紹介状や、すでに受けた検査結果の画像や
病理結果(プレパラート)の受け取りが出来る日から
いちばん早い週末にB病院の予約を入れる。

B病院での初診は、レジデントかな~と思えるような若い医師だった。
とにかく、この日は、検査の予約を入れるのがメインという感じ。
その後、A病院と同様、検査日の予約が入る曜日の担当医。
「名医紹介」に掲載されるような医師たちも勤務日ではあるが
予約は入れられない。
B病院でのいったんの最後の検査・診察日に、
「次回は治療方針の説明になりますが、
ご友人の紹介ということもあり(B病院には医師・看護師ではないが
友人が勤務している。)、もう少し責任のとれるポジションにある
F医師の診察とします。」との事になった。

ブロガーさんたちの記事を読んでいると
医師と、とってもフランクな関係を結んでいる方も多いようで
(どなたかの記事の「何か注意した方がいいことがありますか?」
という質問に「(特に日常生活の制限はないけど)ヘンな壺や
印鑑買ったりしないでね。」と返してきた医師の話には爆笑しました!)
私も、どちらかというと、あまり、畏まった関係みたいなのは苦手。
でも、こんな深刻な病気にかかったことはもちろんなく、
医師と、深い継続的な関係を結んでいかなければならない
という状況も初めてなので、今後、どう医師と対峙していくのかな~と
悩む・・・とは云わなくても、気にかかる事項ではあった。
それと手術はやはり、「名医」な医師がいいかな~という思いも。
ただ、過去記事にも書きましたが、
地方で病院を経営している知人(夫、娘、娘婿が医師。娘婿は
癌専門病院でのインターン経験もあり)が
ご家族に聞いてくれたところ、
乳がんは治療方針が確立されているので
施設・術者によって、大きく異なることはない、ということも聞いていた。


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担当医とのコミュニケーション 2

2011年02月13日
現在は、担当のF医師と「一緒に」
というのもおこがましいけれど
~でも、乳がんは10年経過見るとのことなので
というか、一生、定期検診は続くだろうけれど~
やっていくんだなーとの気持ち。
もう、自分の心配だけでなく
F医師の健康の心配もしてしまいます。
私のオペまで怪我しないでね、とか
先生もオペ時期に風邪ひかないでね、とか。
って自分の心配か!?(笑)

当初、「神の手」とも呼ばれるその病院のトップのW医師や
メディア対応も多いD医師など
相変わらず患部の痛みは続くし
もっと上の先生に診て貰いたい!という気持ちもあった。

それは、F医師を信頼してないということでなく
B病院での初診時に患部の痛みを伝えた時
その若い医師は、触診後、痛み止めを処方しただけだったが
その後、別の医師が、胸全体が赤みを帯びているのを見て
バコラ生検時の傷口から
細菌性の炎症を起こしている可能性もあるかもと
痛み止め+抗生剤を処方してくれた。
単純に、臨床経験によって見立ても異なったり
新たな所見や対処法が期待できるかな?と思ったから。
だから、より経験の豊富なベテランの医師に診て欲しいと。

手術の件数(経験値)にしても。

D医師は、メディア担当(?)なのか、
検索すると、色々な記事がヒットするので、
プロフィールも詳細が分かり、趣味の欄が一致する(笑)←そこ?
また、診察室のドアが開いた時、たまたま目撃した
笑顔で立って、患者さんを見送っていた姿が印象的で
(F医師が担当と決まるまで、検査の都度、
診察医は異なったから、B病院でもF医師含め4名の医師の
診察を受けている。)他の医師の診察では
そういうことはなかったので
何かそれでだけでも好印象。
(サービス業に向いてる先生なのかな・笑)
ん~D先生の方が、
私と相性いいかも?なんて勝手に思ったり。


あと「一緒に」と書いたのは、
薬の処方忘れ(?)が二度ほどあり
初回FECの際、38度越えの熱を出してしまいましたが
抗生剤のシプロキサンの処方がなかったのと
二度目のときかな?
院内薬局で、次回投与のための事前の処方薬と
その日から、次回通院までの間に服薬する薬を受け取ったあと、
ぞれぞれ確認していたら
ボルタレン服用に必須なガスターがなく
もちろん、医師の処方がなければ出してもらえないので
再度、診察室に戻ったことがあったりしたから。

熱を出して急遽通院、採血したら白血球が1400しかなく
注射となった日は、F医師は勤務日でなく
その後の通院で、シプロキサン服薬しようかと思ったら
なかった~!と伝えた時「ごめんね、出すの忘れた」と云われ
一瞬、固まったのでした。
(でも、よくよく後で初回のお薬説明書見ると
シプロキサンには×印←処方しないーがついていたから
出す予定のものを忘れた・・・
ということでもなく、元々出す予定のないものだったのかも)

でも、これが単なる風邪薬だとしても
処方忘れや、もし処方の間違いがあったら、
それは、やっぱり、あってはいけないことだと思うので
がん治療を受ける身としては、ちょっと不安だった。

そして、ガスターがなかったこと。
この時は「先生、手術の時は忘れ物しないでね~」と
戻った診察室で、まあ、冗談ぽく伝えたのだけど
(F医師も苦笑いしていたが)
う~ん、大丈夫~?と思ったのも事実。
でも、この時、初めて結構フランクに話せたので
このスタンスで行こうと勝手に決意。

電子カルテには、コピペ機能があって
基本、抗がん剤投与時の処方は決まっているから
第1回目に出した内容をコピペすると
(私たちが通常にコピー&ペーストするのとは違って
そのシステム独自の機能)同じ処方箋が出来上がる。
ので、二回目の処方箋も、シプロキサンの記載が
ないものが出来上がってしまい、
これは、気づいて修正してもらった。

また、自分が不要と思う薬は伝えて
処方なしにしてもらい
(下剤や使用しなかった口内炎の塗り薬など)
新たに処方して欲しいと思うものを伝えたりしてます。
飲み忘れで(←いかん)余っている薬もあるので
3週間分の数から、自分で余剰分カウントして
引いてもらったりしている。(ちょっとでも、お薬代も節約よ)

なので、最近、お薬処方の画面は、
F医師が入力する時、「一緒に」ガン見してます(笑)

でも、最も大切なこと―
F医師は、院内のスタッフの評判がよく
患者さんの話をよく聞いている
何度、同じことを聞かれても、
面倒がることなく対応している
また、手先が器用で、手術が上手いとのことで
信頼度アップ!

フルネーム&「乳がん」とか「乳腺」でぐぐると
過去の論文や研究テーマなどが検索されるけど
乳腺の専門医であることはもちろん
画像診断も得意分野の模様。
研究のひとつが、既存の治療方法だけでなく
将来的な治療方法に繋がるものでもあり
とても、心強く感じた。

振り返ってみると
初回FEC入院時渡された書類の担当医欄に、
一番若い医師の名前が書かれていて
入院の説明をしてくれていた看護師に、
担当ってF医師ではないのですか?と思わず確認。
入院担当と主治医はまた異なることがあると
後で分かるのだけど、翌朝、F医師が病室に来てくれた。
その時は、そういうものかと思ったのだけど
友人にその話をすると、その日F医師は、
午前中は他の病院へ行く日だから、
yannchanの不安がフィードバックされ
ウチに朝一で寄ったんだね~と云われたことがあった。

また別の時に、友人がばったりF医師に院内で会い
周囲に誰もいなかったので、
実は、yannchanは、自分の友人です、お世話になります
的な話になり(沢山の患者を抱えているのに、
まだ二回しか診察してない、私の名前と症状がすぐ一致したそう)
患部の痛み等に不安を持っていることなどを伝えたようで、
私の都合の良い時に(次回診察日の前に)
いつでも、時間を取ると云ってくれたこと
私は、いろいろ考えて、最終的に、元々の予約の診察の時で
よいと思い、クリスマスカードを兼ねて手紙をF医師に
出そうと思っていたのだけど、私からのコンタクトが
なかったからか、自宅に電話を下さったこともあった。

2回目投与の際も、問診だけで触診・診察がなかったので
友人が、診察もしてもらいたかったみたいなのですが~
とも、その時伝えていたようだった。
そのことがあったからかどうかは不明だけれど
3回目の時には、診察室にエコーが準備されていた!!
F医師自らエコーで脇リンパの腫瘍縮小確認。

ひとつづつ、私の不安を解消してくれてもいたんだな~と実感。

※友人とF医師との件は、ホント、偶発的なもので、
 基本的には、直接なんでも伺ったり伝えたりしてます。
 院内に友人がいたということで、私の事を医療従事者かと
 尋ねたらしい(^^;
 違います~てか、初対面の時に、勤務先の実名も告げたや~ん!!
 ってさすがに、そこまで覚えてはいなかったか。
 
どちらかと云うと、私の目を見るより
モニター(電子カルテ)見てる?と思った当初診察頃より
ちゃんと私の顔を見て、お話してくれるようになったし
(モニターは、私がチェックしてるし・笑)
ウィッグの激安自慢も出来るようになったし(!?)
次回は、昔、ドイツでお客さんが倒れてしまった時
緊急手術に立ちあった話でもしてみようかしら?
(次の診察の方を待たせるから止めなさい)

私は、笑顔でフランクに話をしたい
あんまり畏まっての診察でなく・・・という気分なのだけど、
医師の方はどうなんでしょうね~。
もちろん、患者にそれぞれ個性があるように
医師も様々かもしれないけれど。
もうちょっと敬意を払ってよ!な気分なのかな~。

リスペクトしてますよ~。
自分が、手術も必要な、生死に関わるかもしれない
深刻な病気になってみて、初めて
心から医師の存在を頼もしく思った。
結構、激務なので
ー午前にフツーに外来の診察が入って
午後オペして―等々
(もしかしたら、外来出る前に、入院の患者さんの
回診もしてるかもしれないワケだし)
もっと、ゆとりの診療を!!と願わずにいられません。
担当医の心身のゆとり・健康は、
私の健康に直結!なくらいな気持ちです。

オマケ?としては、F医師は
good looking !!なので、純粋に眺めていて楽しい!?
まつげ長~とか。(まったく治療には無関係です)
オペ終わったら、記念にツーショでも撮ってもらうかな、と(^^)

※カテゴリー「はじめに」も記載させて頂きましたが
 文中に使用するアルファベットは実名のイニシャルとは
 まったく関係がありません。

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検査画像受領の顛末

2011年02月20日
ありがとうFちゃん(←内々の勝手な愛称) 

最初に画像を欲しいと言ったのは、
診察室でF医師自らエコーをかけてくれた時。
脇のリンパの縮小が顕著で、記念に画像欲しいと伝えた。
彼が撮ったものは、その場ですぐプリントアウト可能だった。

「縮小前」の画像も比較のため欲しいと告げた。
電子カルテの中に、それらは入っていた。
メインのPCとは別に接続されたモニターに
画像が映し出されたのだけれど
プリントアウトの方法が分からなかったみたいで
看護師に「これどうやって出すの?」と
聞いていた。その日の看護師はあっさり
「出せないですよ」と返していた。

個人情報保護が厳しくなっている昨今だから
簡単には出せないようになっているのかな、と思った。

その後、FEC4回終了後の中間検査の
エコーの検査室でそのことを伝えたら、
先生の一筆あればこちらで出しますと言ってくれた。

今回、ドセ初回の診察で
「先生の一筆(指示)あれば、検査室の方で
画像出してくれるそうなので、お手数ですがお願いします~」
と切り出したら「ここで出せますよ」と。

ん!?前回、看護師さんに出せませんよ~
とか言われてたやん??(yannchan心の声)

投与前と投与後のMRI画像が2枚
モニター上に並んでいる。
印刷かけても、何故か半分(1枚分)しか印刷されず
あとの半分は白紙になっている。
もう一度F医師トライ。
でも、同じ結果。
また、看護師を呼んで聞いている。
前回とは別の看護師。「『Ctr+P』じゃないですか?」
F医師、Ctr+P押す。
同じ結果
再度挑戦
同様…

私のリクエストになんとか応えてくれようとする姿勢は
じゅうぶん分かり、ほっこり。

私も多少はPCの知識あるので
(肉体労働?から内勤職への転職を考えた際、
遊びでしか使用してなかったPCを
業務で使えるよう学ぶため
ハローワークで学校に行かせてもらったのでした。
マイクロソフトのテキストでPC基礎
ワード、エクセル、アクセス、パワポなど学習)
印刷詳細の設定から変えてみたらどうかな?
一瞬思ったのだけど、病院内のPCなので慎重になったのと
F医師頑張っているのに、差し出がましいかな~とも思い
様子見~。

そうこうしているうちに、とりあえず「半分」は
印刷できることから、
その「比較画像(並列画像)」ではなく
1枚づつ、と思ったようで(?)それぞれのオリジナル画像を
「1枚づつ」プリントアウトしてくれました。
その後、エコー分も。

お時間&お手間かけました。でも凄く嬉しかった。
画像を入手できたこと以上に、
アレコレ、トライしてくれていた姿が。
途中「あ、ダメそうならいいです~」とか
言った私をものともせず!?
ちゃんと、患者様(笑)の希望を叶えてくれたこと。
検査室に頼んでも良かったのに。

前回診察時、3月のスケジュールを決めていたので
その再確認したときに、確かにケモ(科学療法室)の予約は
入っていたのに、自分の診察予約入ってなかったのは
大目にみます~(爆)
将来的に、オペの予約は忘れないでね―!!
オペ室の予約は取っても、自分のスケジュール入れないとか
ナシよ~!!

※乳腺専門医のみならず、マンモ読影の専門資格もあるF医師。
 そういったあたりはとても安心。
 

◆ドセ1回目 投与後3日目
 味覚障害なし。ムカムカなしなので食べられる。
 お腹も落ち着いている。
 発熱(微熱)もなし。

 しかし、患部の痛みを訴えても
 「あまり気にしない方がいい」との大胆な←日々痛い私にしてみると!
 回答がくるのに、ドセの爪と皮膚障害については、
 注意するように言われているので、
 気をつけて観察する予定。

 FECを始めてから、勤務先のシステムの指紋認証に
 なかなか入れず、皮膚へ影響があったのか
 太って指が浮腫んだせいか?「指紋変わるんですか?」
 とアホな質問した際に、私の両手を取りチェック。
 (指紋のことはスルー・笑)
 ドセでは、皮膚がむけてしまうことがあることや
 保湿ケアについて、珍しく?(あまり、副作用については
 それまで、そんなに具体的な忠告はなかったけど)
 気をつけるよう告げられました。
 そうそう、爪も短くしておくようにと。
 
 ケモの看護師さんには、保護のためにネイルやマニュキアは
 良いけれど、除光液がよくないと言われた。
 塗ってしまうと観察は出来ないし、でも保護のためには
 良いらしいし。トップコートとかベースコートがいいかな。
 爪が浮いたり、剥がれたりとかも懸念していたら、
 4クール程度では、そこまでは大丈夫と思いますとの言質あり。

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血液検査 大丈夫なlow

2011年02月23日
科学療法受ける方は、必ず採血して、
その日の各種血液の数値を確認されていることでしょう。

まずは、白血球。
そして、その他の数値も、もちろん確認。

私は「L」(low)のマークが付いていると
気になってしまうのですが、
F医師は、まったく気にせず。
これとこれが低いですね~とも、基準値外とも云わず。
一度「L」ついてる項目気になるんですけど…
と伝えた時も「気にしなくていいですよ」←結構口癖かも―と。

医師が気にしなくて良いと言っているのだから
いいのかもしれないけど、気になるでしょう?
熱しやすく冷めにくいB型の私。
ふだんは、そんな論理的じゃないのに
気にしなくていい、大丈夫であることの根拠が欲しい~!!

検査技師の友人にそれを訴えたら
あ~大丈夫なの!ケモやってると
どうしても、白血球下がるでしょ?
だから、コレとコレとコレ(数値低い項目)は、
白血球増やすために動員されるモノだから、
どうしても、この時期低くなるの。
白血球造るために働いてるってことで
正常な状況だから大丈夫だよん!!って。

と知ると「L」でも安心。
何も所見がない「L」は、たぶん、大丈夫なlow

さて、バナナ。


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主治医への手紙

2011年04月10日
やっと書き上げ、本日投函。
もう、4日後には診察日ですけどね。

外来の診察時は、次の患者さんの予約時間もあるし
化学療法が始まってからは、
自分の、その予約時間もあるから
あまり話が(私の!)長くならないようにと
意識していた(←なの?)つもり・・・(^^;

入院中の回診は、
ちょっとは余裕あるかな~と思っていたので、
いろいろ聞きたいこともあったのだけど
どうも質問と回答が噛み合ってなかった部分が
ひっかかっているのと
(「それだけ喋れれば大丈夫だね」との
言葉を残し退室されてしまったり!
いや、まだ喋り足りないのー!!
@一応、呼吸器不調での入院患者)
今回の肺炎の件とか、今後の治療について&その他
まとめて手紙を書い(打っ)てみた。
A4、12フォントの文字で5枚(長いよ)

PCや携帯が日常のツールとなってから
どうも、絵文字や顔文字の入らない文章というのが
書き難い。
がちがちの敬語の文章は、逆に慇懃無礼っぽく
読めてしまうし、しかし、ドクター宛の手紙に
さすがに、顔文字はないだろう~と、
結構、文体に悩みつつ打った。

顔文字は使わなかったけれど
(笑)とか(!)は使用。
丁寧語も挿入だけど、基本、自分らしい文体・文章で。

自分以外の患者と医師の診察風景を見た事はないので(当然か)
他の人たちが、どういう距離感で
どういう言葉遣いで、主治医と接しているのか不明だけど
もっと「気のおけない友人とお喋りしてる」時の
空気感になるといいな~と望んでいる。

一応ドクター達のキャラやポジションに合わせ
気を使ってるからさー(え?)
疲れちゃうのよねー。

※転院初期、主治医が決まっていなかったから
検査の都度担当医が異なり、
現主治医を含め乳腺科の医師4名+1名(突発通院時診察)
皮膚科1名、呼吸器科3名と、かなり多くの医師と対面。

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アピタル乳がん夜間学校

2011年04月26日
ここのところ、勤務中も微妙に熱発してるような気がする。
寒気はなく、体が熱いだけなので、微熱程度かと。
ケモ中は、常に微熱で倦怠感もあったから
38℃超えするまでは、そんなもんか(副作用)と
思っていたけど、ここのとこの、なんとなく不調は
なんだろう~?これは、明後日、診察で相談/確認予定。

なので、本日は欠勤しました。
当日欠勤はなるべく避けたいけど、致し方ない。
熱発(37℃)・頭痛・だる~い感じ。
ずっと続いている喉の違和感。

ベッドに横になりながら昼のワイドショーを見る。
スーちゃんの告別式の様子。
自分が、もう長くは生きられないかもしれないと
残される方々、ファンに向けてメッセージを準備していたのね。
どのような覚悟だったのだろう。

私は、彼女の訃報に接したとき
「初発から20年も生きられたんだ~!」と
彼女の逝去を悼みつつも、
予後についての「希望」の方が大きかった。
治療を繰り返しての20年は、大変ではあっただろうけど
寝たきりや弱りきった20年ではなく、
彼女にとって一番優先されるべくQOL
「女優」という仕事が出来ていたこと。
平均寿命まで生きるとしたら、
私には、あと40年という時間が与えられても
良いはずだけど、取り合えず(?)半分の20年でも
すばらしい予後!
スーちゃんも「平均寿命」ということを考えると
あと、30年は・・・という思いもあるかもしれないけど。

現実に治療しているサバイバーとしては、医学的な話
どういうタイプのがんで、どういう治療をしてきたか
主治医コメントが聞いてみたいです。

頭痛が続いているので
本当なら、あまりPCのディスプレイの前に
いない方が良いと思いつつも
こうして、一日部屋にいると、ついつい、あれこれ検索。

ブロガーさんの記事から、この情報に辿り着きました。
私は、なかなか決まった時間に決まった事をするのが
苦手なので、たぶん、あまり聴かないような気がする(苦笑)
けれど、ご紹介しますね。WEBから視聴出来るようです。

アピタル乳がん夜間学校

>毎月第3水曜日の夜、
>アピタルトップページが動画画面に切り替わり、
>午後9時から「授業を開講」します。
>全部で12回、1年をかけて乳がんについて学ぶ場となります。


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薬の話 味覚障害にプロマックD錠 ほか

2011年05月03日
本日(5/2)、呼吸器内科の診察。
レントゲンも問題なし。呼吸器疾患的な自覚症状もなし。
間質性肺炎退院時(3/31)のプレドニゾロン(ステロイド剤)
減薬のタイミング早すぎたため(?)(6錠→2錠)
若干、呼吸が辛くなるという症状が発現し4月2日に通院。
再度プレドニゾロン6錠から、5日ごとに1錠づつ減薬処方
本日段階で1日2錠服薬していたものを
明日(3日)から、手術前日の8日まで1錠服薬へ。
いろいろ検索してみると、減薬の匙加減によって
症状悪化したというケースも散見できるので
知っておいてた方がいいポイントかもしれません。

術後の痛み止め、ボルタレンでホント大丈夫かな~と
いう思いもチラッとあり
緩和にも強い先生と聞いていたので、
痛みの知覚や痛み止めの作用についても伺う。
図解説明しつつ、炎症性による痛みや神経の痛み
骨からくる痛み等々について教えて下さった。
で、結局、術後の緩和ケアには、ボルタレンが良かろうと、
F医師と(というかオペマニュアル記載と)同様の見解。

ついでに?パクリとドセのことも。
オッズ比というのがよく理解出来ないので
これも、図を用いて信頼区間とオッズ比について
解説して下さったのだが、聞いてる間は
フムフムと思ったけれど、今、帰宅しメモをみても
曖昧になってきた(汗)
パクリの方が早く出来た薬なのでデーターが多いけれど
どちらに優位性があるかは断言は出来ない・・・
みたいなニュアンスだった。
私も、実際、治療を開始してみて
出たとこ勝負かな?結局は個体差と感じてます。

で、表題のプロマックについて。
3月10日のドセ投与が最終。
3週に一度、定期的に投与中は、投与後2週間経過すると
味覚が戻ってきていたけど、今回、一ヶ月以上経っても
戻らないこと―完全に味覚がないという事でなく
ある程度は分かる。が、塩味ーしょっぱさーを
感じることが出来ない!(不思議~!!)
これは、4月28日、主治医との診察で告げ
味覚障害に良い薬があると、プロマックD錠75を
処方してくれた。朝食後と就寝前に1錠づつ。

本来は胃の疾患のための、あるいは、強い薬を服用する際に
胃を保護するというのが、主目的(?)の薬だけど
含有されている亜鉛が、味覚障害に有効とのこと。
で、ふと思ったのが
化学療法中、多量の服薬あるため
ほとんどの場合、やはり胃の保護ということで
ムコスタやガスターなど胃薬も処方されているはず。
ならば、なぜ、味覚障害に有効と定評のある
この薬を処方してくれないのだろう?
しかも、亜鉛は育毛に必要な物質でもあるから
ケモ患者にとっては、一石三鳥くらい薬効ありそうなんですけど。

っていうか、プロマックはまだ服用開始してから
5日目なのでなんともいえませんが(味覚障害の改善はまだない)
ステロイド剤が「毛深くなる」という副作用もあるらしく
そちらの作用が大きいのか、もともと毛量は多い方なので
自分の毛根力かは不明だけど
何か、「毛」関係の回復が早い!ような気がする。
これについては、次回、別途「脱毛」カテゴリーで。

本日、3980については、誰一人言及して来ませんでした。


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採血・放射線科経過観察診察・エコー

2011年08月13日
コラーーーー
採血の予約入ってないし

・・・過日・・・
患者ID○○の××です。
次回エコーと放射線科診察の前に採血入れていただきだいのですが。
分かりました、放射線科に繋ぎますね。
いえ、乳腺の方からお願いします。
乳腺科にお電話回します。

ー乳腺科看護師ちゃんー
F先生に聞いてきますね~
(このまま転送しろ~←心の声・笑)
F先生が入れとくそうです。

一昨日、自動再来機受付。
何故入っておらぬ(-"-;)

乳腺の受付まで行き、事情説明。
確認後、その場で予約を入れてもらう。

採血後、放射線科へ。
看護師さんに、どうして私の放治最終日にいなかったのだ~等
ひとしきり訴え、Fちゃん検体予約入れ忘れを訴える(笑)
放射線のX医師、看護師さん、私
より明らかに年下でもあるF医師。
格好のネタ(ネタ?)です。

次回診察時には、3M社(笑)のポストイットお土産に持って行こかしら。
(想像)診察中に看護師ちゃんに「yannchanさんからお電話です。
〇月〇日に採血とおっしゃってます。」とかなんとか言われ
他の患者さんの画面が出ている電カル。
あとで、やろう~とか思って、そのまま忘れた・・・

メモだと危ないので、今後は私たちがオフィスで使っているように
ポストイットだな。蛍光カラーのにしてあげようかしらん。

ほんとに几帳面と言われるA型なのかしら。
再検査要だな。次回は一緒に採血するかな。同伴採血~

ま~はっきり言って、ホント、倦怠感・疲労感が強い。
フツーに疲労なら、睡眠しっかり取れば回復する。
現在も眠れないということはないし
以前より睡眠時間は取れていると思う。
が、慢性疲労感。

感染症にしても、その他の病気にしても
血液検査の様々な数値から兆候が見てとれるだろうと思って
来週の主治医診察に備え、採血してもらった。

X医師にも、現症伝えるが
放射線治療の副作用による重篤な症状は出ていないとの見立て。
放射線性の疲労としたら、そろそろ一ヶ月だから抜ける。
皮膚の状態からリンデロンではなくヒルドイドに戻した方が良い
とのことで、本日からまた、ぬりぬりはヒルドイドローションへ。

学会に参加することなど
色々話している間に採血の結果が
少しづつ電カルに上がってくる。

白血球も照射時よりは回復しており
みたところ悪い数値はなさそうとのこと。

血糖値とBUNがオーバーして赤字になっているけど
心配するほどの数値でもないと。
採血の前に食事摂ったか聞かれる。
食べてないと答えたが、後でよく考えてみると
カフェオレ飲んだな~病院着いてから。
腎機能に関わるものでもあるからちょっと心配。
腎関係悪いと倦怠感出るようだし。

エコーも、もはや知り合いと言って良い
B病院に転院してきてから同じ技師さん裏ご指名。
(友人の後輩)
今日の顛末を話す。
でも、この技師さんもF先生のことは絶賛(笑)
優しいし、教え方が丁寧だし、
検査に立ち会ってくれることもあると。
F先生が手術した患者さんの画像はキレイ
(取り残しがなく)と言っていたのもこの方。

時折痛みがあり気になる健側
そして術側と見てもらう。
特に気になる所見はないようなことを言ってくれたけど
正式な読影結果は、次回主治医診察時かな。

◇学会の抄録集、あまりにも重いので計ったら1キロ!!(驚)
 浮腫を誘発するような重さじゃ~~

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叩くための扉

2011年09月18日
D医師に面談(予約としては診察)の時間を取って頂いた。

医師としての通常の臨床業務の他に病院の役職として、
そして、外部との対応も多い先生なので
多忙であることも知っていた。
面談の日まで、無理を通して申し訳けないという気持ちと
でも、そうせざるを得なかった自分自身のことを想ったり
とても、揺れる日々だった。

他のサバイバーさんや友人のアドバイスを参考に
あれこれ考えたり悩みつつ
やっぱり、いちばん聞いてもらいたいことをお話しよう!!
と思うに至る。

いつもならモニターに自分の番号が表示されるのだけれど
看護師さんが「yannchanさん」と呼びに来てくれた。
その瞬間、ふだんと違う受け入れ態勢をとってくれているんだ、
ということを理解した。

とても、我侭な形で時間をとっていただいた事をお詫びする私に
学会はどうでしたか?
何か美味しいものは食べた?
観光もしたの?と
(学会でお会いし少し話する機会があったため私の仙台行きはご存知)
と暖かい笑顔と、話しやすい雰囲気を作って下さった。

聴講したセッションのこと
同行者がみなサバイバーさんなのでとりあえず四つ足は
止めとく~?ということで牛タンは食べなかったこと
関節痛であまり歩けないので「観光」はしなかったこと…等々
お話しているうちに、私は、本当は、F先生(主治医)と
こういう話しをしたかったんだな~とぼんやり想ったり。

転院してきてとても良かったと思っているし
F先生のことも信頼しているし
もちろん、これからもずっと主治医でいてもらいたい。
周囲の支え、そして同じ病気と向き合っている方々との出会いも
心強いものだけど、一番の拠り所は主治医。

誠実な良い先生と想っているけど、
なにか、一枚、紗がかかっているような感じがして…
(いつも、そう、ということではないけれど)
診察時間は、先生の笑顔と対話で凄くパワーをもらえる時間だから大切にしたい。

ケモとかオペとか派手な治療が終わり
これからは通院回数が減ってくる―それは良いことなんだけど
この先の方が長くメンタル的にアップさせながらやっていきたいと思ってること
F先生とは誕生日が同じで、それが分かったとき、
いろんな生存曲線や再発率とか、そういうことより希有な確率だから
何か自分は大丈夫なんじゃない?!と思ったりしたこと
「マジックワード」的な感じで(ちょっと意味違うけど)
F先生が主治医であることは、ホント、良かったと想ってる
等々話していたら涙腺決壊。。。

今まで告知されても病院で泣いたりしたことなかったけど
―怒涛の検査日程、実際の様々な検査内容にびっくりしたり、物珍しかっり
転院の手続き、更に検査、ケモ、オペ、放治と泣く暇なんてなかったし―

入院中、D先生とF先生がお話してる姿目撃したとき、
F先生が、とてもくつろいだリラックスした笑顔だった。
私も、診察のときは、いつもそういう感じで対応してもらいたい。
よくよく考えると凄くシンプルな願いなのだけど
それにはどうしたらいいの?

医師同士で話している時と、
患者さんと向き合っているときは違うだろうし、
どの患者さんにも公平に接しようとはしている。
F先生は優秀だし、良い先生ですよ。

患者がこうだと困るみたいなことはありますか?

降っている雨を止めてくれと言われてもそれは出来ない。
傘やレインコートを、一緒に準備することは出来るけど。

完全に満たす診察は難しいこともあるかもしれないけど、
今日はこれはちゃんと聞けて良かったとか、そういうことじゃダメかな?
答えになってるかな?

話を親身になって聴いてくれている人がいる…ということだけで
どんどん心が軽くなっていった。
差し出して頂いたティシュがぐしょぐしょになったのを見て
ティシュ箱ごと、そして、ごみ箱をぽんと置いてくれたD先生。
なんとか涙を止め、鼻もかんで(!)余分な水分止める努力。

「関節痛どう?手はどのくらい上がるようになった?」
「ここまで上がるようになった~」←手を上げてみる
「よう、頑張ったな~すごい、yannchannさんは頑張りやだから」
って入院中、全然頑張ってなくて、後で困るよと私を怒ったQ先生だけど
フロアですれ違った時、こう声をかけてくれた。

「仙台のお土産~」と放射線のドクターに持って行ったとき
真っ先に「関節の具合どう?」と聴いてくれた。

多くの患者さんを抱えているのに
私固有の症状をちゃんと覚えていてくれていて
凄く嬉しかった。

でも、やっぱり、主治医に
いちばんにそう褒めてもらいたい
励ましてもらいたい。

痛みのコントロールが腫瘍があるときから難しかったこと
今までの処方はこうだったこと、とかも相談しようかな?
と思っていたけれど、
それは、やはり主治医とやっていくべきことと思って止めた。

次のドアを叩こう。


**********************************
ん、ちょっと文章が整理されてなくて分かりにくかったでしょうか。
ごめんなさいm(__)m
面談の時間を頂いたD先生は主治医ではないのです~。
主治医=F先生
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告知より1年 昨年のこの日

2011年10月16日
2010年10月16日に、乳がんであることの確定診断を受けました。

癌専門のA病院では、
告知のマニュアルで話法もトレーニングされているのかな。
「残念ながら・・・」の枕詞がついていた。
(実際、web上だったか、なにかの雑誌だったかで
研修医向けの、患者に告知するときの語彙集?を見かけたことがあります。)
様々な検査の結果をモニター上に映し出しつつ
やはり生検の結果が確定診断の根拠であることも説明してくれた。

でも、私は、検査中から自分ががんであると告知される―
と知っていたから、どのタイミングで転院を言い出そうか
その女医の話を、別の意味で注意深く聞いていた。

自分が、がんであるのだろうということは
エコーの、健側と大きく異なる時間のかけ方
健側ではしていなかった、モニター上に映るものの何かの大きさを
何度も何度も丁寧に計っていたことで理解した。

A病院で、その時点で「主治医」という人はいなかった。
通院の都度、異なる医師と対面し、その時々の所見や
検査結果報告、次に受ける検査の説明を聞いていた。

告知もその日、初めて会う医師だった。
親しい感情や信頼感など何も持つ事のない
「見ず知らずの人」から告げられたのだった。
でも、その時は、そんな感覚を持つ余裕もなく
次に実務的に何を手配しなければいけないのかを考えていた。
涙も出なかった―
以降、泣く暇もなく、転院、さらなる検査
治療・通院、身体の変化・・・と続いていった。
しみじみとした気分に浸り泣くことは
オペ入院、そして、放射線治療が終わって以降のつい最近までなかった。

昨秋の記事にも書いたけれど
執刀医を誰にするか?という質問を受けた段階で
転院したい旨を告げる。
快く受け入れられ、紹介状やプレート、検査結果の画像を
準備してもらう手配、保険会社への連絡
B病院への予約・・・・

A病院を出た時には
秋晴れの空が広がっていた。

今日までのこの1年間が、乳がん1年生?
としたら、今日から、2年生と数えて良いの?
あるいは、術日から数えているのかな?

今日も秋晴れ過ぎの(暑かったねー)
良い天気でしたね。


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