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受診のきっかけ

2010年11月13日
春頃、友人から、数年前に乳がんの手術を受けていたことを知らされた。

みんなに、注意喚起するためのカミングアウトでもあった。
それまで、まったく、健康診断というものを受けていなかった私は、
少し、体調に気を配るようになり、そうしてみると、気になることが
少し、あった。

今年の秋は、健康診断をちゃんと受けよう!
と思ったのが、2010年の春。
そう、15年近く(以上?)健康診断を受診していなかった。

なんとなく(というか、何の根拠もなく)
まあ、自分は病気しないだろう―
なんて、思っていた(のかな?)←それさえも意識していなかった。

注意深く自分の身体をチェックしてみると、
胸に、しこりがあるような気もしたけれど
元々、胸が大きく常に張っているようなところもあったし
今年は、健康診断を受けるのだしと先延ばし。

健診まで待てなくなったのは、
夏頃から、僅かに鈍痛のようなものを感じ始めたのと
しこりというより、板のような厚みを左胸に認めたことから。
決定的だったのは、9月に入り、乳頭の陥没が、
素人目にもはっきりと見てとれたこと。

これは、健康診断ではなく
「乳がん検診」に行った方が良いのかも?と考えた。
友人が手術した病院は、癌の治療では、規模・実績とも
最も大きい病院のひとつで
行くなら専門の病院で、と検診センターに電話をかける。

2月(2011年)まで予約が取れない
と言われたことを、友人に伝えると
「外来の初診で『症状がある』ということで受診してみたら?」との
アドバイスを貰い、10月初旬に受診予約。

その間に、急激に痛みが増加し、胸の厚みも、ますます増していった。
「乳がんは痛くない」という情報や(※これは誤った情報です。)
胸の中に存在する「厚み」が急速に大きくなったことから、
WEBで調べたりしてみたところ
乳がんではない、別の病気の方ではないか?との疑いも沸いてきたり…

いずれにしても、なんらかの所見はあるのだろうと、
左胸の違和感を抱えつつ、日々が過ぎて行った。

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検査から告知まで 1 エコー マンモグラフィ 他

2010年11月13日
10月初旬、A病院の外来初診。

このような大きな病院へ診察のために訪れるのは初めてで
何もかもが珍しい。

初診受付を済ますとPHSを持たされ、
次に移動する場所が液晶に表示される。

1)採血
2)乳房撮影  マンモグラフィ
3)超音波検査 エコー

マンモグラフィは、噂に違わぬ痛み。
しかも、しこりのある方の左胸は、より痛い。
でも、ここをしっかり見て貰わなくては!!
と、大丈夫ですか?の技師さんの問いかけに
(大丈夫じゃないけど!)「はい」と回答。
頑張ります…だから、ヘンなものあったらいっぱい見つけてね(心の声)

エコーのモニターは、私が見ても明らかに
左胸には「何か」があるように見える。
右胸の倍以上の時間をかけて丁寧に検査される。
右胸のときにはなかった、
いくつかの箇所で、モニター上に緑色の線が出現し
「何か」の長さ・大きさを測定している。

それは、たぶん、私が「板のような厚み」と表現している
しこり=腫瘍の大きさ、の測定。

これらの5日後に診察予約。

上記検査の結果から、左胸に乳がんが疑われるため
更に、必要な検査を進めていくという所見を聞く。
本来は、左胸にするはずだった「細い針の検査」は
念のため、右胸に。
翌日、左胸には「太い針」での検査をすると告げられた。

「バコラ生検」と言われる検査だった。

この日から3日連続病院通い。
バコラ生検の翌日も、後処置が必要なため。

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検査から告知まで 2 バコラ生検

2010年11月13日
バコラ生検

※検査前に渡された資料より抜粋

◇しこりなどの一部組織を取って、顕微鏡で診断します。
 主に細胞診で診断がつかない時や抗癌剤治療を行う前に癌の性質をみます。
・太い針を使います。
・傷は5mm程度です。
・局所麻酔を使用します。
<手順>
・超音波でしこりを確認しながら行います。
 ※検査終了後までは腕の位置など体を動かさないようお願いします。
  (検査時間は30分くらいかかります。)
・皮膚を消毒し、布で覆います。
・皮膚に麻酔の注射をします。
・麻酔が効いたのを確認してから、組織を取るため、針を刺します。
 組織を取るときに機械の音がします。組織は何回か取ります。
・検査終了後、傷を10分間抑えて止血した後
 包帯でまいて再出血を予防します。

この検査、治療費の領収書をよくよく見たら「手術」になってました。

翌日に傷の確認のため外来受診をしなければならないのですが
本来なら、「様子見」のハズの受診が… 

しこりの位置(大きいので、殆ど胸全体)を、油性マジック!で
マーキングされた左胸。
ホント、ふつーの油性マジック。「?」マークついてるような。
思わず「マジックかよ?!」と心の中で、突っ込んでしまった私。。。
なにか「医療用ペン」とか、ないのかしらん??




圧迫止血のあと、圧迫包帯(ラストの画像)を巻かれ帰宅。
二つ目の画像は、翌日の診察時に貼られた
透明のシール状のもの。
自然にはがれるまで、貼って置くようにとの指示。

皮膚の黄色くなっている部分は、消毒液の跡。
実は、ガーゼで傷口を止めた上、包帯を巻かれたのですが
このガーゼを止めるテープにかぶれ、水泡が。
これまでの検査より何より、この、水泡の跡に吹き付けられた
消毒液の染みること染みること。あまりの辛さに
初めて「痛っ!!」と声を上げてしまいました。







なんか、姐さん出入りですか?みたいな、状況のお胸。
そんなこと言ってる場合でもないのですが、人生初!
こうして、色々な検査を受けているので、いちいちビックリしたり
ある意味、興味深かったり…
しかし、圧迫包帯巻かれすぎ

バコラ生検



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検査から告知まで 3

2010年11月17日
すでに、採血(腫瘍マーカー)
エコーやマンモグラフィの段階で
医師的には、確定だったのだろうけれど、
細胞診を行わない段階では、
確定診断を出さないということなのでしょうか。

バコラ生検の前日の診察では、
エコーやマンモグラフィの画像を見ながら
「まだ、確定は出来ないけれど、この影や石灰化の跡が…」
等々説明を受け、「念のために、先の検査も入れておきましょう」と、
翌月中旬までのスケジュールを組むことを提案された。
PC上から、多くの医師が予約を入れるためか、
他の検査の予約を取っている間に、
予定していた別の検査が埋まってしまったり。

今日、告知されないだけで、
医師の中では、すでに、乳がんという診断は出ており
今後の治療や手術に備えているのだな~と理解した。

翌週に、表在リンパの超音波検査を受け
その翌日が「腫瘍結果の診察」

誰かについていってもらった方がいいのかな?
でも、結果を聞き、治療方針を聞き、決めるのは自分だし。

それに転院を決めていた。

ここまでの検査で、心身ともに疲労していたが、
単純に、自宅からも勤務先からも「遠い」ということにも疲れていた。

よほど、副作用が強すぎて動けない…
ということにならない限り、
勤務しながらの治療を望んでいた。
というか、働かなければ、生活も治療も成り立たないし。
乳がんの治療は予後が良ければ
(“数年”&more生きることが出来るならば)
年単位に渡る、ということも調べていた。

住まいからも、勤務先からも
1時間以内に通える範囲で、
乳腺科の評判の良い大きな病院があり
知人が勤めていることも心強かった。
また、病院を経営している別の知人からも
親族の医師の方から、乳がんは治療のガイドラインが
確立されている方だから、施設や術者によって
大きな違いはない、という話も聞いていた。

「告知」の日
診察室のドアを開けると、
(まだ『担当医』が決まっていなかったので
都度、違う医師との対面となる)
「ご一緒にお話を聞かれる方は?」と尋ねられた。
同行者はいない旨伝え、医師の前に座る。

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検査から告知まで 4 告知、そして転院希望を伝える

2010年11月20日
A病院は、癌専門の病院なので、初めての受付の際
渡されたアンケート用紙の中に、
ガンの場合、告知希望か?
また、余命を告知希望か?の項目があった。

二つとも「はい」と回答した。

「腫瘍結果の診察」の日、女性医師は
「残念ながら、乳がんです」と私に告げた。

私は、初めてのエコー検査のときから、
自分はがんと診断されるだろう…
という覚悟が出来ていたので
その段階では、動揺することもなかった。
それより、ある程度、自分で調べていた知識の中から
自分がどのようなタイプのがんであり、
今後、どういう治療が必要かを知りたかった。

医師と一緒にモニターを見ながら
腫瘍の大きさ、細胞診の結果、血液検査の中で
腫瘍マーカーの数値が高いのはがんの影響であること
エコーの結果、患部である左脇リンパと
胸骨への転移がグレーゾーンという話を聞いた。
(この前日に、再度、胸と両脇、首筋などのエコーも受診)

二つのガンの種類がモニター上に併記されていたので
これは、どのように違うのか尋ねたが
それについては「がんの種類の違いです」という回答しか
得られず(う~ん、もうちょっと突っ込んだ説明が
聞きたかったけど、すでに、転院を決めていたので
私も、それ以上質問せず。)

担当医はどうするか?との話になり、
以前、ご友人がこちらで手術を受けられたそうだから
その執刀医にしますか?と話が出た段階で、
「実は、B病院への転院を希望しています。」と切り出した。

友人の件もあり、また、こちらは、症例数・手術件数も多く
もちろん、信頼して治療をお任せしようと思っていたけれど
とにかく、自宅から遠く(※乗り換え2回3線利用)
検査だけでも心身疲労を感じるところ
通うこと自体に多くの労力を奪われ、今後、治療を続けるに
あたり、やはり、住まいからも勤務先からも
負担無く通えるところ、
そして、知人が勤務していることもあり
B病院に転院したい旨伝えた。

医師もあっさり、
「乳がんは治療が長引くケースも多いし、
通い易いというのは、大きな条件かと思います。
B病院も良い治療をしており、
患者さん同士の交流の機会があったりと
そういうあたりのケアもしっかりしています。」と
すんなり、紹介状を書いていただく流れとなった。
どの、医師宛てに…ということではなく、
病院名宛てのみで依頼。
「名医紹介」に、登場する先生もいらっしゃるのだが
すでに診察の予約が、かなり先でないと入らないことが
分かっていたので、
なるべく早く、残りの検査も出来るように、
まずは、医師の指名ではなく、
自分が最短で通える日に通院したいと考えていた。
また、A病院同様、B病院も、担当医だけでなく
カンファレンスで患者の治療方針を決めることも
聞いていたので。

1週間程度で、B病院に渡すための資料と紹介状
保険会社に請求する書類を準備して頂けることに。

「告知」の日は、メンタルな衝撃というのは
あまりなく、その後の事、次にやらなければいけなことを
(わりと実務的なこと)考える方に、
気持ちを奪われていた部分が大きかったような気がするけれど
「命のリミット」ということも、考えた。

どの命も終わる。

でも、平均寿命まで生きるとしたら、
まだまだ、何十年もある。

でも、数年で終わるかもしれない。
ということを。

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